塾に通われる保護者・生徒の皆さまへ

保護者の皆さまへ

日頃より、この塾の教育に深いご理解とご信頼をお寄せいただき、心より御礼申し上げます。
日々お忙しい中で、お子さまを思い、支え、見守っておられる皆さまのお姿に、講師として、そして一人の人間として、深い敬意を抱いております。

本日は、塾で学ぶ子どもたちのそばに立つ者として、どうしてもお伝えしたい思いがあり、筆をとりました。少し長くなりますが、どうか最後までお読みいただけましたら幸いです。

先日、弊塾の塾長である片岡修子先生から、ご自身のご家族の歴史についてのお話を伺う機会がありました。
塾長先生のご主人・光さん(九十三歳)と、歴史家の遠藤和子先生(百歳)が、塾長先生の二人の娘さん、そしてそれぞれの娘婿のお二人の力強い協力も得ながら、二十年以上という長い年月をかけ、ご家族の歩みを一冊の本にまとめ上げられたというお話です。

和歌山、大洲、水戸――先祖ゆかりの地を実際に訪ね、土地の空気に触れ、学びを重ねながら綴られたその歴史には、平安の世から現代に至るまで、先祖たちが懸命に生き抜いてきた姿が描かれていたと伺いました。
困難な時代の中でも、家族が互いを支え、力を合わせ、命をつないできた記録だったそうです。

その書の頁をめくるたびに浮かび上がってきたのは、時代の荒波の中で何度も失われかけながら、それでも必死に守られ、つなぎ留められてきた、片岡家の血と絆の物語でした。
平安の世、片岡家の先祖であり、藤原南家の流れをくむ片岡綱利は、従四位という高い位にありながら、その地位を自ら捨て、上里郷へ移り住みました。
 都に残れば、権力の中枢で生きる道もあったはずです。
 しかし、親族同士が権力を巡って争い、肉親の情さえ引き裂かれていく現実の中で、 綱利は「そこに留まらない」という選択をしました。その決断がなければ、土地の人々との出会いも、後に続く暮らしも、生まれていません。
 位を捨て、名を離れ、人と人との関係の中で生きる――
 その選択が、後の世代へ続く最初の分岐点でした。
時代が下り、片岡為利が河内源氏に連なり、武士として生きる道を選んだときも同じです。
 戦乱の世において、誰と出会い、誰のもとで生きるかは、命そのものでした。
 為利が源氏と出会い、そこで生きることを選ばなければ、片岡家の系譜はそこで断たれていたかもしれません。
そして、その流れの中で生まれた、源義経との出会い。
 英雄と家臣という関係を超え、人生を共にする覚悟を分かち合った出会いでした。
衣川の前夜。
 片岡経利の二人の息子、経春と為春が向き合った場面は、
 出会いと別れが、紙一重であることを突きつけます。
どちらが生き残るか。
 どちらが家をつなぐか。
 その問いに、二人は譲り合いという形で答えを出しました。
為春が生きて去り、経春が義経と運命を共にしたこと。
 それは悲劇であると同時に、家を未来へ残すための選択が、確かに受け継がれた瞬間でもありました。
しかし、出会いがあっても、すべてが守られるわけではありません。
 送迎山城の落城によって、片岡家総領家は一度断絶します。
 それでもなお、物語は終わりませんでした。
藤原道春が、恩師・片岡利盛との縁を胸に、片岡家再興を引き受けたこと。
 それは、片岡家の血と想いが、人と人とのつながりを生み、家を再び結び直した瞬間でした。
 この出会いがなければ、片岡家の名も歴史も、ここで静かに消えていたはずです。
時代は移り、近代。
 片岡正伯と妻・幾世の出会いもまた、家をつなぐ重要な一節です。
 医師として、商人として生きる選択。
 正伯亡き後、幾世が一人で商いを続け、家を支え、豪商と呼ばれるまでになった歩み。
 そこには、家族が手を取り合い、信頼を積み重ねていく日々がありました。
こうして振り返ると、片岡家の歴史は、
 「先祖代々の血のつながりと、そこに流れる強い絆」によって、今日へと続いています。
「つなぐ血の絆」と題した佐々成政の家族の義の物語を書かれるなど、家族が持つ「血の力」について鋭い洞察を重ねてこられた遠藤先生と片岡家との出会いもまた、偶然ではなく、長い時をかけて受け継がれてきた片岡家の絆が、必然として引き寄せたものだったのではないか―私はそう思えてなりません。
この本を読んだとき、私は胸の奥が静かに揺さぶられるのを感じました。

父と母が出会わなければ、今の自分はいない。
そのまた前の世代も、もし一人でも欠けていたなら、私たちはここに立ってはいない。
私たち一人ひとりの「生」は、数えきれない選択と努力、祈りと願いのこもった「血」の連なりの先にある――
それは、まさに奇跡と呼ぶほかないものだと感じたのです。

そして、この思いは、塾に通う子どもたちにも、そのまま重なります。

私は日々、教室で子どもたちの姿を見ています。
悩みながら問題に向き合う背中、ふとした瞬間に見せる笑顔、思うようにいかず肩を落とす姿。
その一つひとつの背後に、必ずご家庭での時間があり、保護者の皆さまの深い愛情があることを、私は知っています。

朝早くからの準備、仕事や家事に追われる毎日、疲れが残る夜。
それでも子どものことを思わない日は一日もなく、将来を案じ、成長を願い続けてこられたことと思います。
けれど、親御さんは、その努力を決して誇ることはありません。
「当たり前のことですから」と、静かに微笑まれる方がほとんどです。

講師として、私はその姿を何度も目にしてきました。
そしてそのたびに、胸が熱くなります。
それは決して当たり前などではなく、尊く、深く、揺るぎない愛情だからです。

子どもたちは成長とともに、多くの人と出会い、世界を広げていきます。
時には迷い、立ち止まり、道を踏み外しそうになることもあるでしょう。
そんなとき、最後に心を支え、踏みとどまらせてくれるのは、やはり家族の存在です。
「帰る場所がある」という感覚は、人生を生き抜くうえで、何より確かな土台になります。

そして、この塾もまた、そうした「受け継がれる思い」の中にあります。
私は一人の講師として、この場に立っていますが、その前には、子どもたちの未来を願い、真剣に向き合ってきた多くの先生方がいました。
学力だけでなく、人としてどう生きるかを考え、悩み、寄り添ってきた先生方の何十年分もの思いが、この教室の空気をつくっています。

家族が命と心をつないできたように、
この塾もまた、教育への信念と愛情を脈々と受け継いできました。

お子さまたちは、ご家庭で注がれてきた深い愛情と、塾に受け継がれてきた思い、その両方に支えられながら、今この時間を歩んでいます。
その姿を思い浮かべると、胸がいっぱいになります。

どうか、皆さまご自身の日々の努力が、どれほど尊く、お子さまの心を支えているかを、改めて感じていただければと思います。
そして、この文章が、子どもたちにとっても「自分は大切に育てられてきたのだ」と気づく小さなきっかけとなれば、これ以上の喜びはありません。

これからも、講師一同、保護者の皆さまとともに、お子さまの歩みを見守り続けてまいります。
皆さまのご家庭に、やさしくあたたかな光が、これからも絶えず注がれますよう、心よりお祈り申し上げます。

小金井個人指導ゼミ
田辺

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